寿歌(ほぎうた)

作品によせて

『寿歌』という戯曲がいかに特別なものであるかは、近年まで優れた上演が途絶えないという事実からもじゅうぶん証されていると思います。

では僕がその優れた上演史に「錦上花を添える」ことができるかどうか。それはまだわかりません。

じゃあ自信もないのになぜ演出する気になったかと言えば、ぼくは北村想という人のことをあまり知らないなあと思ったからです。

ん?

それがなぜ演出する理由になる?

いや、ひどく自分勝手な理由なのですが、「その人のことを知りたいときはその人の戯曲を演出する」というのが、僕が上演戯曲を選ぶ際のいちばんの動機だからです。

『寿歌』を演出すれば、北村想という人の、ものの考え方とか、外界との距離の取り方とか、生理とかがわかってくるんじゃないかと思います。

いま僕はそれを知りたいんですね。

今を乗り越えるために、それを知りたい。

いかがですか?

ご一緒に、このプロセスを、たどりませんか?

宮城聰